世界を好きになる方法、というほどのことでもないけれど

 昨日政治に興味があるひととかアナキストとかファシストとかが集まる飲み会みたいなやつに参加して、かなりいろいろな話を聞いたり話したりした。そのとき極めて一般的な独我論を持っているひとがいて、SDGsの話になったとき、未来世代のことは自分が死んだ後のことで、想像もできないし、大切だと言葉の上ではわかるけど興味もあんまり湧かない、みたいなことを言っていた。名誉のために、というほどのことでもないけど、そのひとは特別強い自己愛を持ったひとではなくて、ただ単純にどう興味を持ったらいいのかわからない、という感じだった。だって、論理的な帰結として、自分が死んだらその後の世界は観測し得ないんだし、みたいな。
 そのとき自分が考えてることを話したら案外すらすらと言葉が出てきて、自分はこういうことを考えてたんだな〜みたいにびっくりしたので、ちょっとメモしておく。そのひとは私より年上の方だったし、私は何かを啓蒙するみたいな立ち振る舞いが嫌いなので私が思ってることを話しただけなんですけど。
 別に、そういう種類の独我論ってとくに否定する材料はこの世界にはないし、自分が死んだら世界も終わるっていうのは極めてふつうの考えで、それを否定する必要はないと思う。ただ、たとえば文学みたいなものに触れることで、自分ではないけれど自分のことのようにしか思えない、と感じたり、自分とは違うけれど素敵な世界の見方みたいなものを知ったりすることで、自分だけじゃないんだなって思ったり、そうやって世界とか他者みたいなものに価値があると感じることはできると思う。それは別に生きている人間とかものを対象にする必要はなくて、死んだひとでも昔のひとの書いた文章でもなんでもいいんだけれど、そうやって他者とか世界みたいなものに愛着を持った結果として、まあ自分が死んだら世界は終わるんだけど、もしかして終わらなかった場合にこうなってればいいなと思うからこうしておこうかなみたいな、そういう形で未来に対して接する、未来のことを考えるということもできると思う、みたいな話をした。
 そうしたら隣に座ってたおじさんが「そうそう、そうなんだよ、それで恋人はいるのか」みたいなことを言うので「いないですけど……」って言ったら「ダメだよいなきゃ! いたらいまの話も非常に説得力があった」とか言うので(笑)という感じだったんだけど、別にいなくても、それでも世界は好きになれるということのほうが重要なんじゃないかと思う。今という時間軸に誰も共感するひとも恋人なり友達なりもいなくても本や映画や音楽はそこにある、という総体としての今があることこそ歴史の営みに他ならないし、好きな紅茶ができて新しいフレーバーの発売を楽しみにしたり、コーヒー豆を手で挽いたときの柔らかな音と香りが好きだと気づいたり、そうやって世界と自分との関わりを少しづつ確かめたりすることで色づく世界はある、と思う。それはどこまでも私の世界で、私が死んだらなくなるのかもしれないけど、もしちょっとでも残るのなら自分みたいなひとが喜ぶように来年の春に咲く種を植えておこうみたいな、そういう正義とか使命感とかとはまったくかけ離れた考えでも、未来を思うことはできる、と思う。ここまで書いて、それってFor the GHOSTsじゃないですか? と感じて、そうだなと思う。幽霊のためにできることを考えていきていく、穏やかに流れていく時間が好きです。

 それはそれとしていつからか自分の感覚として死に対する恐怖みたいなものがほとんどなくて、もちろん痛いのとかは嫌なんだけど、別に明日急に全部がなくなってもまあ…​…と受け入れられるだろうという感覚がある。いつかTwitterに書いたけど、なんかずっと余生を生きているような感覚なので大体のことを「余生だしな…​…」と思っているし、仲の良いひととあったときには「また会いましょう!」って言うようにしているし実際また会えたら嬉しいんだけど、別に最後に会ったときが今生の最後の機会だったとしても「まあ楽しかったからな…​…」と納得できる感覚がある。好きなもの(本とかお茶とかゲームとか)を集めるのは執着の証のようにも思えるんだけど、どこかに全部がどうでもいいという感覚もあって、いやもちろん泥棒に入られたら嫌だし自転車3回盗まれたのはいまだに納得行ってないんですけど。
 その独我論をもっているひとは自分は死ぬことに対してすごい恐怖心があるみたいなことを言っていたので、自分しかいない、ということに対してどのくらい孤独を感じるかの違いなのかもしれないですね。
 自分はあらゆるものに興味があって同時にどこかであらゆるものがどうなっててもいい(面白い)と思っている、そういうメンタリティで生きてるんだけど、これはけっこう月ノ美兎さんも近しいものを持っているように感じていて勝手にシンパシーを感じています。勝手すぎる。

P.S. いま気づいたんだけど、ブログって本来日記だから日記みたいな使い方をしてる分には「日記」ってタグはかなり意味がないかも!

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