2025年1月・2月の成分表

ネタバレとかの自衛は各自でお願いします 倍率80%くらいが可読性◯

1/4

住吉九『ハイパーインフレーション』

 偽札ショタ頭脳戦アクションギャグ漫画。楽し~~~ 前に35話くらい読んでたんだけど全話無料公開を機に最初から一気読みしました。ありがとう。あたかもバカ設定のバカ漫画みたいな感じなのに「この技術はこんなふうにして使えるのさ!」って知能戦がどんどん加速していってどんどん複雑になっていき、けれど読者をついてこさせる圧倒的な読みやすさとギャグは両立しているところが恐ろしい。この長さで偽札をテーマに描くのであればこれ以上は出せないだろうという見せ場をクライマックスに持ってきていて、いや~激アツですよね。
 偽札をテーマにした漫画としては竹良実さんの読み切り『地の底の天上』がめちゃめちゃ好きで数年おきに思い出しては何度も読んでいるのですが、これは偽札をテーマにした読み切り漫画の理論値だと思います。その道を極めようという意志、情熱をもって自らのすべてを捧げる先に見える崇高なものを、そしてそれをきっと分かち合えるということを描こうとする物語のもつ美しさが好き。もっとも孤独な祈りはそれゆえにもっとも連帯的な祈りであるとセルトーも言っています。こう、一方にハイパーインフレーション、もう一方に地の底の天上と二作品を並べると「その並びでいいんですか……?」という感じは否めないが……
 隔週の無料公開を欠かさず確認するみたいなのが苦手なのでサンキューピッチは3,4話以降読めてないものの、また無料公開とかあれば読みます……

1/11

ヨミ、『フレちゃんがうつになりまして』

 デレマス界の高田純次、フレちゃんこと宮本フレデリカがうつになるところから始まるデレマス二次創作。語りをつとめる主人公は一ノ瀬志希で、憑依したという凡庸な表現もおかしくないほどに一ノ瀬志希そのものを体現した文体、思考、行動にすべてを描ききろうとするプロットがぐわ~~っと迫ってきて感情がめちゃくちゃになる。
 自分はたぶん2016年の春くらいに偶然まとめサイトでこの作品を読んで、あまりの衝撃にこの作品からアイマスに入ったといっても過言ではない。初めてデレステをインストールしたときちょうどやってたイベントが「明日また会えるよね」だったというおぼろげな記憶があって、イベント開催期間が2016年5月19日~5月27日なのでちょうど思い出とも符合する。
 公式では絶対に扱われえない、描かれえない題材をつかって、けれど(だからこそ)そのキャラたちが紡ぎうる物語を丁寧に、誠実に、圧倒的な強度をもって描くという、二次創作のありうべき形みたいな作品だと思う。今回読んだのは書籍版だったんだけど(細かい文言などが違う)、8年半前のあまりによかったという思い出が先行しすぎていて数年積んでいた。とらかメロンで新品買った記憶があるので本当に何年……? 記憶に違わずよかった、というかデレステなりをプレイしてしっかり全部のキャラがわかる状態でちゃんと読むのは初めてなわけで(にしては遅すぎるけど)、本当によかったです。終わり方が本当に好き(読み返してないのに8年間覚えてたもんな)。世界のすべてにありがとう……

1/26

映画『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』

 面白かった! だいぶ昔にサークルの集まりで(おそらく)逆シャアをミリしらで見たことがあるけど何も覚えてない、くらいの(ファースト)ガンダムになんの思い入れもない人間のため、冒頭はなんかやってんな~という感じだったものの、急にTRIGGERみたいな画風・画作りになる現代編に入ったら「あら~~ポップですね~~~」という感じでかなり楽しかった。サイバーパンクっぽい色使いだとか、(大)都市に対する貧民街のごちゃごちゃした感じ、みたいな舞台設定がだいぶTRIGGERっぽくて、まあエンドクレジットをみれば納得のメンバーではあった。ポップな画作りでかわいい女の子が活躍してて演出がかっちりハマった盛り上がるシナリオがあればアニメの1話ってそれでいいですからねという感じ。パンティ&ストッキングwithガーターベルトの2期も楽しみですね。
 あと、Twitterでおもしろかった! ってツイートしたら数秒と待たず「俺は認めてませんが……」みたいな空リプが飛んできて「Twitterってこういうことだよな!!」というピリつきがあって面白かった。1話じゃ何もわからないでしょというか、作品を作品として見定めるには、少なくとも全体を見たうえで「何がその作品が描きたかったもので、それが十全に果たされているか」を判断するよりほかはないと思うのだけど、Twitterはいちはやく全体像を妄想したうえでいかにそのうえに舌鋒鋭い言葉を乗せられるかという屋上屋を架すレースみたいになってるところがあって、まあ好きにしたらよろしいけどねぇ……という感じがある。ガンダムをそこそこ見てる先輩にそんな感じの話をしたらそうだよねぇという感じだったので、いろいろなひとがいることですね

1/31

令和ロマンのご様子

 12月に引き続き。もちろん現在進行中のラジオではあるものの、このタイミングで最新話に追いついたので成分表としてはここで書いておく(今後は書かない)。12月でシーズン5の最後まで聴いていて、今回シーズン16まで追いついたってことなのでずいぶんスピードが上がったような気がするものの、話数を数えるとそんなことはないらしい(シーズン1~5の最後までで120話ちょっと、シーズン6からシーズン16までで約140話のため)。どんどんカスのコーナーだけになっていくのが収斂進化という感じで面白い。
 トニーフランクさんゲスト回(シーズン9-5)がめちゃめちゃ面白くて(M-1でも発揮されていた、くるまさんが即興で精度の高い歌を歌うスキルが活きすぎている)、そのあと1年半以上は使われるジングルに聴き馴染んでから改めてこの回の33分くらいからのフル尺を聴くと「アニメの最終話のクライマックスで主題歌のあまり聞きなれない2番が始まって、一番盛り上がるシーンに知ってる感動のラスサビが合流するとき」みたいな感動があった。このジングル好きすぎたのでなくなっちゃうの悲し~と思ってたものの、ほぼ同じタイミングで某事情でシーズン17に変わったのでまあ残当か……となった。あらゆることにワロタの精神で臨んでいるためか、自分でも意外だったもののくるまさん活動休止の報にもとくにショックを受けたりはせず、「シーズン変えてしばらくケムリさん一人で続けたら面白いんですけどね」とか話してたらそうなったので味変を楽しんでいるような感覚でいます。

2/19

米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』

 よねぽ……ありがとう……。10年以上待った甲斐があった冬期限定だった! まあ去年の4月には出てたんですけどね。こっちは10年以上待ってたんだから1年近く寝かせておいたとしても罪には問えないんじゃないか(?)
 正直「小市民シリーズの正当な続編としての」冬期限定が読めるとは期待していないところがあった。巴里マカロンは2020年に刊行されてたものの、正直以前の小市民シリーズのピリついた感じと比べると甘すぎるよねみたいな気持ちはあったし。たとえば古典部シリーズにしても、『いまさら翼といわれても』は確かに「青春の終わり」的な仄暗さを描いていて、それはよねぽの作品に初期から共通するものといえば確かにそうかもしれないけれど、『氷菓』でも『愚者のエンドロール』でも描かれていたような思春期の内側からくるようなひりつきが描かれていたかといえば、『いまさら~』で描かれているのはより俯瞰的な、大人から見たときに想像されうる類の構造的な痛ましさに思えていて、「青春」的な痛ましさだったりひりついた感情を書くには円熟しすぎてしまったんですかね~と思っていたところがあった。ところで『いまさら翼といわれても』ってもう9年前なんですか!?!?!? よねぽを熱心に読んでいたのが小学生のときなので、既刊を読み尽くしてから待望の新刊として読んだ初めての作品だった『リカーシブル』すらちょっとさいきんの方の作品という認識をしている。2013年!?!!?!?!?
 で、上のような認識だったところもあり、たとえば以下のシーン(p.136)みたいな、完全に物語の筋には関わってこない、その意味ではまったくいらないものの、確実に物語の全体の雰囲気を形作るがゆえに絶対的に必要な描写というか、遊び心を現よねぽが入れられると思っていなかったところがあった。

――ぼくは軽く手を上げて、小佐内さんに挨拶する。
「こんばんは」
 小佐内さんは眉一つ動かさず、応じた。
「おわあ、こんばんは」
「え? いまのなに?」
「行きましょう。道はわかる?」
 そこも含めて、さすがにプロの作家を舐めすぎてましたわねと平伏するしかないのだけれど、これが小市民シリーズだし望んでた冬期限定ってこれなんですよねという感じで非常に楽しかった。ふたりの出会いとなった過去の事件と現在の事件が交差して、いったい何が起きていたのかが、痛ましい自意識が何を起こすのかが明かされる、夏期秋期と並ぶような職人技と意地の悪さがあって嬉しい。あと去年十数年ぶりに秋期読みかえしたら記憶の8倍くらいラブコメだったんだけど冬期もラブコメでしたね。ラストの怒涛の終わらせにかかる気迫はさようなら、全てのエヴァンゲリオンという感じでおお……終わるのか……という感慨があった。
 ハウダニットについては「え~ちゃんとシステム時間が現実時間と同期取れてなかっただけなんちゃう笑」みたいな気持ちになってロジック部分にぜんぜん集中できなかったんだけどぜんぜん違ったのでウケました。
 よねぽ……残りの作家人生を小市民シリーズ大学生編にオールインしてくれ……!!

2/23

業務用餅『追放されたチート付与魔術師は気ままなセカンドライフを謳歌する。 ~俺は武器だけじゃなく、あらゆるものに『強化ポイント』を付与できるし、俺の意思でいつでも効果を解除できるけど、残った人たち大丈夫?~』1~10巻

 この数年楽しく最新話を追い続けているものの、無料期間とのことで何人かに勧めたので自分も読み直すか~と読んだ。
 明らかに挟む必要もないところにまったく意味のないギャグを挟むことで強制的に笑わせてきたり、北野武も自身の映画でよくそういうことをするけど、リズムの作り方が異常に上手い。急にぜんぜんいらないギャグのくだりをするだけの場面への場面転換があってそのまま今後拾われずに終わったりする数ページが定期的にあるのにどのタイミングからでもシリアスにも振れる振り幅がひとつの作品のなかで許容されてるの、何? という感じになる。
 今回読み直してひえ~と思ったのは、14話でミラベルが暗殺の母の家に戻ったとき、一家の一見温かく見える出迎えのあと、手を洗おうと水道の水に触れると異常に冷たくて驚く、というシーン。そのあと水を出しっぱなしにして暗殺の母に話しかけ、「なんだぁ……?」みたいな不穏な会話に入っていくまでの2,3ページなんだけど、適切なメタファーとして機能するシーンを適切な箇所にこれ以上なく自然な形で挿入していて、たとえば47話なんかがいちばんわかりやすくそうした力量を発揮した回と言えるけれど、予備動作もなしに一瞬のうちに切られているが気づかないみたいなことがままある。無数のしょうもないボケで気づきにくくされてるのって何かの詐欺じゃないですか?
 10巻も半グレ編のちょうどいいところで終わっていや~やっぱり最高ですねと思うものの、同時に半グレ編が始まる前に2,3巻のウージー機関銃のあたりで原作者が怒って終わっててもぜんぜんおかしくなかったよな……とも思う。そういえばすでにアニメ化の話が上がってもおかしくない知名度ではあるけど、ここまで原作から乖離したうえで破天荒に面白くて人気になった作品って類を見ないからどうなんだろうな…… キービジュが発表された段階でどっちか確定するのは面白すぎると思う(キャラデザはもちろんメインキャラすらぜんぜん異なるため)

2/24

絓秀実『小説的強度』

  主催している読書会で1年ちょっとかかって読了。少なくとも2025年に読むだけの価値がある本だとは思えなかった。以前同じメンバーで読んでいた笠井潔の『テロルの現象学(増補新版)』でも同じような感想になっていた分、こちらには期待していたのだけれど……
 絓の立場および議論の仕方は非常にヘーゲル主義的で、とくに主人と奴隷の弁証法の話を基調路線として、この構図は本書のあらゆる箇所に頻出する。テロ現で「『精神現象学』の構成を真似して書きました!」とか言ってた笠井よりよっぽどヘーゲルを読み込んでいるのは確かで、たとえば絓がクリステヴァのアブジェクション概念を批判する箇所などを見れば、少なくともヘーゲル主義者でなければ同意しないだろう——問題意識すら理解できないだろう——弁証法的な観点からの批判を行っていて、(私はたしかにと思ったものの)些細な議論のスタンスまでヘーゲルを基調にしているのは疑いようがない。
 また、ヘーゲルの『美学講義』をとりわけ参照していて、象徴主義的→古典主義的→ロマン主義的という芸術の枠において哲学に橋渡しされるべきとされる文学、あるいはそこから排除される小説の地位についても何度も(ある種メインテーマとして)議論を行うのだけれど、本質的に文学/小説そのものの地位や内実へ切り込んでいる箇所は残念ながら見られない。なんか面白くなりそうな(けれど少なくとも本質ではない)周辺について語ってるな……と思っていたら面白くならずに終わったという感がある。
 正直、ヘーゲルの美学講義を序文だけ読むだけでも、よっぽど広範な知識と芸術の本質に対する深い敬意と愛情に裏打ちされた、心に響きうる文章を読めると思う。あまりに言及が多いので美学講義読むか〜と思って手に入れたら、序文をぱらぱら読むだけでもよっぽど本質の議論があり、「この本(美学講義)も引用しつつヘーゲルの話ばっかりしているのにぜんぜん本質の話をしてないあの本はいったい……?」という気持ちになった。『小説的強度』をとおして伝わってくるヘーゲルの美学講義はかなり無味乾燥で芸術に対して距離のあるものに感じていたので、書きぶりの豊かさはほぼまったくイメージと異なっていて驚かされた。
 『小説的強度』に話を戻せば、ところどころテクニカルで楽しい議論があったのは確かなのだけど(おもに前半に集中している)、せっかくバフチンを持ち出してきたのに退け方が雑すぎたり(第六章)、謎の音声中心主義を種々の前提にして議論を組み立てたり(第六章)、最後の章(第七章)は書き下ろしなのにほとんど怪文書になっていたりと、最後のふたつの章はとりわけ厳しかった。
 ラカンの「父の名」を実際の父親の存在/名前と(意図的か知らないけど)誤読することで日本の近代文学者の多くが父の姓を名乗っていること→家制度→天皇制と議論が進むのは最終章で急にやるにしてはふざけすぎだし、それで終わっていいはずがないです。『こゝろ』の「K」が「King=明治天皇の象徴的隠喩」ってマジで言ってるんですか? マジだとしても最後の数ページで急にする話じゃないと思いますよ。
 正直文学作品に対して「しかしそれは、買われなければ何の価値もないのだが」(p.154)と留保なしに書けるようなひとの文章を真面目に読む気にはまったくなれない、というのは上に書いたすべてを差し置いてある——感性的な形象のうちに精神の理念が輝くものとして芸術を描いたヘーゲルを下敷きにしたにしては、あまりに感性が貧困ではないか?——のだれけど、とにかく精読を旨としてわからないところを残さないようなスタイルの読書会だったので、私の読みが甘い、とか前提知識が足りてなくて理解できていない深遠な価値がある、とは到底思えない。さらっと読んでなんかすごい熱量を受け取る、みたいな読み方なら得られるものも(もしかしたら)あるのかもしれないのだけど、もっと面白い本たくさんありますよね、という感じで読書会は終わった。これが主著なわけはないと思う。

2/25

るーすぼーい・古屋庵『無能なナナ 13巻』

 刊行スピードてきに毎年1回るーすぼーいに向かって感謝をする行事みたいなところがある無能なナナ、今回もほんとうに面白かった! ジンと鶴岡の丁々発止の頭脳勝負というか言い合い、切っ先が鋭すぎてめちゃめちゃ笑ってしまった。面白すぎ。あと相変わらず毎巻読者を驚かせる新情報の開示だったりちょっとした叙述トリック的なトリックを仕込んでくるのは職人技過ぎて笑ってしまう。
 あとがきでもう10年目を迎えていると書かれていて、だいぶ長いプロジェクトになっているのだな~という感慨がある。言ってもるーすぼーいのゲームをぜんぜんできてないため、G線上とか冬のうちにやりたいですよね~とかいいつつ毎年機を逃している。今年は雪が溶ける前にできるといいんだけど……

2/26

ソポクレス『オイディプス王』(藤沢令夫訳『ギリシァ劇集』p.115~173)

 『小説的強度』読み終わったし次回はジュパンチッチのLet Them Rot(アンティゴネー論)読みますか~ということにしたので、アンティゴネー読むにはまずはオイディプス王読まなきゃね、と読んだ。筋はもちろんしってても楽しめる読みでがあって傑作古典と言われるだけのことはありますわなと思った オイディプスなぞなぞ得意にしては勘悪すぎない? などはありつつも……
 あとオイディプスが自分の目を潰すところまでは知ってたんだけど、そのあと自分の娘(アンティゴネーとイスメネ)を呼んで自分の潰れた目を見せながら原稿用紙一枚以上の言葉を使っていかに二人に不幸な未来しか待っていないかを語るシーンがあって、明らかに言いすぎててめちゃめちゃ笑ってしまった。トラウマを自分から作りに行くなよ。最後の方だけ抜粋すると、こんな感じ「お前の父親は、自分の父を殺した人間。自分の種がそこに蒔かれた、生みの母に種蒔いた男。自分がそこから生れ出た、同じ腹からお前たちを得た父親。このような辱しめの言葉を、お前たちは人から受けることだろう。そんなお前たちをいったい誰が、めとってくれる? 誰もいるものか! いや、お前たちの行末は目にみえている——子を生まぬまま、嫁がぬままに、お前たちは凋み果てなければならぬのだ。」←ぜったいに言わなくていいし言いすぎ
 訳もよかった。63年の訳ということもあるだろうけど、訳の格調の高さと読みやすさのバランスがちょうどいい。「ああ、思いきや! すべては紛うかたなく、果たされた。おお光よ、おんみを目にするのも、もはやこれまで——」←かっこよすぎ
 デジコレで読んだんだけど、調べたらいまも岩波文庫で売ってるのと同じ訳なんですね なんか得した気分

1月、2月の振り返り

 1月も多少忙しくしていて、上旬はここには乗せなかったけど論文をめちゃめちゃ読んだりとかしていた。2月は……何をしてたのかさっぱり思い出せない。そういえば学マスのNIA編にようやく取り掛かって、全員分やりました。正直、面白かったり泣いたりしたものと、まあ……というものに明確な差があったなという感じがあった。けっきょく四音がどうしてもぽっと出なぶん、既存のキャラクターとか燐羽みたいな過去に積み上げのある関係を発展させていく形で書かれたエピソードとだいぶ火力に違いがあったなって感じ。ライターの質といってしまうと乱暴すぎるところはあるものの…… 麻央は「リトルプリンス」に対するあ~星の王子さまねというところの回収があったりして「おお」(浅黄ムツキ)となったりしたものの、よくよく考えると別にこれまでの麻央のシナリオに星の王子さまと被るようなエピソードがあったり、モチーフがあったりしたわけじゃないよな……という気持ちがあり、こういう見掛け倒しの引用って別に強度が上がるわけじゃないからもっと最大限に生きるようなかたちでカードを切れるといいですよね、と思う。案外これは伏線でHIF編では麻央をウワバミとして星南会長を象とする星の王子さまモチーフの激アツストーリーが繰り広げられるのかも!(???)

購読する

そのうちできるようにします。いまはできません。