2024年11月・12月の成分表
ネタバレとかの自衛は各自でお願いします 倍率80%くらいが可読性◯
目次
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11/4
- 『沙耶の唄』 11/7
- 『思想』2019年11月号 危機の文学 11/7
- うまいか『狸小路の三悪党 激突! ふらの編』 11/21
- 劇団☆新感線『SHIROH』(2004) 11/24
- 渡辺優「Michel de Certeau, lecteur/auditeur des mystiques. Ecouter le murmure de l’Absent(ミシェル・ド・セルトー、神秘家たちの読み手/聞き手――不在者のざわめきを聞く」)」 11/24
- アニメ『ヨルムンガンド』1期 11/25
- 『ミッション: 8ミニッツ』(2011) 11/26
- アニメ『ヨルムンガンド』2期 12月
- 令和ロマンのご様子 12/21
- 髙比良くるま『漫才過剰考察』 12/22
- M-1グランプリ 2024
- 今月の振り返り
11/4
『沙耶の唄』
言わずとしれた超有名作。友人に面白かったと言われて、(持ってはいたので)今更ながらにプレイした。全ルートクリアでぴったり6時間くらい。面白くなかったとは言わないけど、よく言ってもB級エンタメといった感じだった。興味が持てない。
「異形な」設定と趣向は最初の15分から30分くらいまでは面白く感じたものの、破滅に向かって進んでいくことだけを意図したプロットだなと気づかせるポイントがいくつかあり、あ~この感じで行くんですね~とすぐに息苦しさに変わってしまった。物語を都合よく畳むための途中からのハリウッド的な早急な展開も、脚本の腕といえば聞こえはよくなるものの、なんとか収拾をつけたという感じ。インパクトのある開始でプレイヤーになんかすごいものが始まったと思わせておいて、早急なエンタメ的手管でラストはまとめ上げていいものをみたと思わせる、パンチドランク・ラブ(レス)とはまさにこのことではという感じで、う~~んチャゼル作品が好きな人は好きなんじゃないですか?(暴論) セッションしか見たことないためこういった雑言及は控えなければいけないのですが……
主人公から早々に善性を奪ってしまうことで、異形さが生む倫理の繊細な駆け引きなり決断なり、冒頭から期待できるようなある種文学的なカタルシスを生みうるテーマをどんどん投げ捨てていくのに「えぇ……」となった、というのがあり、三大電波ゲーとかの近い時期の「なにかすごく大きな/内的なものを描いてやる」みたいなある種文学的なものへの志向がまったくみられないのに肩透かしを食らった、が一番大きいかもしれない。沙耶の唄はとくにそのあたりでまとめて評価されているような印象があったので。正直なにか深遠なすごい物語なんですよという箔付けを醸すためだけに出されるヴォイニッチ手稿もクトゥルフ要素もダサいし、露悪的な要素のなかで愛と呼び指し示せるものを構造的に用意しましたよ~と言われても、主人公を早々に躊躇なく悪役にさせたその筆で語るにはまったく記号的で、信じられるものにはなりえていない。
ただ、上に書いたような感想は作風とのミスマッチなのだろうという感覚はあり、クリア後に見られるスタッフコメントでの虚淵氏のコメントに「ホラーを作ろうと思ったけど筆が滑っていつものアクションになっちゃった……(大意)」と書いてあるのをみてなるほどねという納得感があった。まあそういう作風でないとこういう作品にはならないだろうし……
上のような理由でここまでエンタメに振り切った作品も珍しいよな~などと思いつつ、Wikipediaの「泣きゲー」の項目を見たらこの沙耶の唄もリストアップされており、「さすがにこれは違くない?」と思ったりした。
11/7
『思想』2019年11月号 危機の文学
土田知則「ポストモダニズムと「真実の死」」を目当てに最初の3つくらいだけ読んだ。
この論文については、宮﨑裕助さんの2019年11月6日のツイートで「土田知則「ポストモダニズムと「真実の死」」『思想』2019年11月号。ミチコ・カクタニ『真実の終わり』によるポール・ド・マンや脱構築への偏見に満ちた暴論に対して、専門家の立場から丁寧に反駁している。今後、カクタニ本のポストモダニズム批判は、本論文によって一蹴できるだろう。」と言われていて興味を持って手に取ったもの。
実際読んで見れば、議論は整然と落ち着いていて、論争的ではなく、たしかに丁寧でよかった。『真実の終わり』が行っているトランプ政権批判への真摯な姿勢を評価しつつも、ミチコ・カクタニがトランプが虚偽や捏造を繰り返す手法の明白な思想源としてポストモダニズム、ポストモダニストへ躊躇なく言及を繰り返していることに焦点をあわせる。そもそもトランプの行状を説明するのにポストモダンといった用語を持ち出す必要はないこと、反ユダヤ主義批判の文脈で突如ポール・ド・マンへの批判を行ったかと思えば、いわゆる「ポール・ド・マン事件」を語るために用いた参考文献は間違いだらけとの指摘もされている論考やゴシップ記事まがいのものしかないこと、ド・マンやデリダの理論的な著作からの引用も一切なく、「脱構築」という言葉に対する理解も曲解であること。そうした個々の議論を丁寧に積み重ね、カクタニの議論に対して「そこに厳然と表出するのは、まさにトランプの時代を象徴する「読みの不在」のみである」とまとめるのは、ちょっと笑っちゃうくらいにはクラシカルな脱構築批評という感じで、元気が出る。テクストに対して徹底的な「精読」を行うことを研究スタイルとしていたド・マンやデリダを念頭に置いたうえで「今まさに必要なのは、カクタニ本人がいみじくも述べているように、「証拠の入念な収集と慎重な考察」である。「読むことの不在」を解消する手段は、これから先も、おそらくそれ以外には存在し得ないだろう。」と結ぶのはかなりわかりやすい意思表示で、いわゆるデリダ派、脱構築派を自認するひとがどういうポジションにいるのか(いやすいのか)を理解しやすいと思う。私にとってはデリダやド・マンのポジションであったり考え方について新しい知見があったわけではないものの、「やっぱりカクタニの本をわざわざ読むほどのことはないかな……」という感じになりました。
亀田真澄「共感の製造――一九三〇年代米ソにおけるライフヒストリー・プロパガンダ」も面白かった。というかこれがとりわけ面白かった。国家宣伝のために1930年代のアメリカとソ連それぞれで作成された文学作品の事例紹介を通して、資本主義と共産主義の二大国家が、どちらも国家の危機の時代を乗り越えるために文学による「共感」を用いたプロパガンダを行っていた、ということを示すめちゃめちゃ面白い論文。個々の抜粋されたエピソードを読むと、プロパガンダに用いられた、作家が脚色したり捏造したものだとは説明もあるものの、「え、共産主義素敵かも……」「アメリカ南部の貧困層の生活にもささやかなありうべき幸せがあるんだ……」と思ってしまう文学ぢからがあり、文学が持ち得てしまう力だ……となった(※)。本当にどのエピソードもほんの数行の要約だったり抜粋なのに素敵やんと思ってしまう力があって面白いのでこれ読んでほしい。ほぼほぼアンソロジーに近い。
(※後日ひさしぶりに会った大学の先輩に「ここ面白いんですよ」と見せたら「じゃらんとかに載ってるエピソードみたいなもんだな」と言われてだいぶウケた。物語なんて所詮どう使われるかにすぎない、という感覚は、大げさでも悲観的なものではなく、口コミを疑わしく思うようなレベルで私たちの日常感覚に備わっている話でもある、ということだ)
11/7
うまいか『狸小路の三悪党 激突! ふらの編』
同「狸小路の三悪党」の続編。夏のコミティアで買った漫画を11月に!? と思うけどこのくらいが平常運転なので仕方ないんですよね…… うまいかさんの作風はいかさん単体の作品とは幾分経路が違ってポップで捻くれててエンタメエンタメしていて、これはこれで本当に楽しい。表紙がセイコーマートだしタイトル通りに狸小路だし、人に化けた狸と狐が共謀して富良野の地下格闘技場で人に化けた馬と熊を闘わせたりする。(机に平置きしてた本作を以前家に来た後輩がちらっとめくって「すごい! 知ってる狸小路の通りの景色が書いてある!」とびっくりしてたりした。わかる)。『レインボーパンジー』とかもそうなんだけど、一本ストーリーは通ってるものの描きたいシーン(コマ)を強引に漫画ぢからで繋ぎ合わせたような作風になってるのが合作ならでは感があって楽しいというか職人技すぎて真似できるものではなさそう感がすごいんですよね。ドライブ感で乗り切りたい日におすすめです。
11/21
劇団☆新感線『SHIROH』(2004)
天草四郎と島原の乱の史実をモチーフにしたロック・ミュージカル。フォロワーに劇団☆新感線のファンがいて、なんとなく名前だけ知ってる状態だったところ映画館で上演してたので見た。「脚本:中島かずき」に関してはぜんぜん詳しくなかったので「TRIGGERのひとか~」くらいの認識だったんですけど、劇団☆新感線の座付作家でこっちのキャリアのほうがよっぽど長かったんですね(いま知った)。2004年上映というのもいまこれを書いてて知りました。そんな前の作品だったんだ。島原の乱の話なのでシリアスな要素も多いものの、コミカルな役回りのキャラの配置なんかも上手くて適度に気の抜けるシーンや歌も挟まりつつ、骨太な悲劇にまとめ上げていて確かに面白かった。「ワシの次の出番は1時間半後じゃ」みたいなこと言って消えていくジジイ(主人公の父親)好き。3時間20分とかあってダレないのはすごい。90分のいい映画には「90分にまとまってていい」って言葉を感想のなかで半ば反射的にしてしまうように、3時間あってダレてない映画とか舞台って3時間で退屈させないのがすごいって評価を半ば自動的に言ってしまうところがある。実際すごい。
11/24
渡辺優「Michel de Certeau, lecteur/auditeur des mystiques. Ecouter le murmure de l’Absent(ミシェル・ド・セルトー、神秘家たちの読み手/聞き手――不在者のざわめきを聞く」)」
面白い! 『日常的実践のポイエティーク』の文庫解説は正直あんまり議論が整理されていない印象だったのだけど、より議論の趣旨が明確でノリやすいところがあった。 「セルトーにおいて、信は教義に従うことからは程遠く、それは「言葉(parole)を見つける」ことである。」という一文がとてもいい。文庫解説でも紙面を割いて書いていたロビンソン・クルーソーの話やセルトーが好んだ海の比喩、セルトーの言語の問題といったそれぞれの問題を、かれの根底にあるキリスト教的視点に基づいた身振りなのではないか、とまとめる構成がわかりやすく、文章としてもかなり読みやすいところがあった。渡辺さんの、あくまでも宗教者としてのセルトー読解にこだわる議論にはあまり乗れないところがあったんだけど、あくまでも宗教の枠内から捉え議論することで到達することのできる地平、というのもようやくわかった感がある。まあそれでいえば私の読みも哲学的なコンテクストにこだわってるとも言えるしなあというところはあったので、なるほどこういうものが書けるんだなあというか。きれいな議論の流れがあってそれっぽくエモい締めで終わっていればいい論文だと思ってしまうだけかもしれないが……。ただやっぱり、哲学にも精神分析にも言及しない論文に「自らの「固有の場所」を横切る他者の痕跡によって試練にさらされ、勤勉な主体は崩壊し、彼が恐れていた野蛮な他者へと変容する。」みたいな文章が出てくるのはふつうにびっくりする。たとえば以下のような一節なんかをみても、どうしてもラカンとかの名前がちらついて仕方がないんだけど、議論の流れに必要ないので書かないというのも偉いことだなあという頓珍漢な感想も出てきたりする。「ある場所から別の場所へと移るとき、霊操の実践者の欲望は、移ろいゆく各場所の間にある裂け目の中で解き放たれる。それは遊びの空間である。この「方法のあり方」の道筋は、あちこちに裂け目を生じさせ、「別のもの(ailleurs)」がそこに入り込むことを促す。それこそが「欲望の空間」である。セルトーはこう述べている。「重要なのは、自分がいる場所に対して、新たな場所の“構成”が生み出す関係である」。言い換えれば、常にどの場所にも還元されえない過剰なものが存在すると信じること、それは「海のざわめきを聞くことを受け入れる」ことであり、それがより偉大な神へと向かう歩みを可能にするのである。」
これを読んで、「「パロール」とそのゆくえ」なんかもいま読んだら案外面白く読めるかもしれないなあと思った。これを書いてるのは2025年の2月なので(時空の歪みがある)、そのあたりの成分表に果たして書かれるのか、どうでしょうか。
11/24
アニメ『ヨルムンガンド』1期
面白かった! 武器商人ココ・ヘクマティアルと彼女の私兵たちが主人公のガンアクションアニメ。以前から友人に進められてたので見るか~と見たら本当に面白くて一瞬で見た。エンディングがbermei.inazawaさんなのも嬉しすぎる。2012年のアニメだからそういうサプライズも起きうるんですね~~ 狡猾さと大胆不敵さを兼ね備えた顔のいい女が武器や情報で戦っててエンディングがbermei.inazawaさんだったらそれもう神アニメなので……
アクションと政治とそれぞれのキャラクターの物語としての面白さのバランスが攻殻(とくに2期のほう)に近い感じがあった。ココみたいな顔がよくてかわいいキャラの存在でだいぶ印象としての雰囲気は違うけど、世界情勢なり個々の戦闘地域を(架空の地域であれ)しっかりと描こうとする骨太な部分がというか。銃と情報戦と女の子の要素だけ取り出せばプリンセス・プリンシパルとかとも似たものになりそうなところで案外ぜんぜん違うのは、プリプリでは政治がある程度遠景に引いていて、ヨルムンガンドみたいに世界情勢、みたいな混沌としたものをそう描くというよりは「西と東の対立」てきなわかりやすい構成要素にすることでストーリーの面白さと関係性のための要素になってるところかな~という感じ。プリプリもとくにアニメ1期に関して言えばめちゃめちゃ好きだし円盤も持ってるんだけど、演出したい対象がまったく異なる印象を受ける、という話。主要登場人物のココのチームメンバーがほとんど男性だったりでそもそも全然違うだろというのは、そう。
11/25
『ミッション: 8ミニッツ』(2011)
面白~~~~。米軍の兵士が列車爆破テロの犯人を突き止めるために特殊なプログラムを使って爆破直前の8分間を何度も繰り返すアクションSF。相当前から気になってたもののサブスクに入ってなかったりで見れない状態を繰り返してたのが、ちょうどタイミングがあって見れた。
冒頭の主人公の靴にコーヒーが掛かるシーンのクロースアップに「お、このシーンがきっと繰り返されるんだろうな~~~」という期待値が高まるような画作りもセンスがよいし、おお~ここが書きたかったんですねという長回し(この映画以外であまり見ない演出なので適切な用語はないと思う)演出もあって、ここ見れただけでもだいぶこの映画みた甲斐あったなとなったのでよかった。ハリウッド的というか、映像的な面白さもストーリーもしっかりしつつ90分にまとまっているのもいい。
ただ、(※ネタバレ※)「この世界が本当の世界じゃないとしてもやり残したすべてをやりきって満足してからこの命を終わらせたい」が主人公のモチベーションとしてあったんだったとしたら、その入れ替わった後の世界にもいる主人公(プログラムに参加する予定)に「きっと大丈夫だ」って伝言することは自分が一度でリタイアした仕事を並行世界の自分にめちゃめちゃ任せてることにならない? みたいな部分は見終わってから気になった。大丈夫じゃないからその選択をしたのでは……という……。全体的に面白かったのは変わらないんだけど、こういうなんかいい感じに終わってるけどよく考えるとさあみたいなのってわりとハリウッド映画あるあるですよね。
11/26
アニメ『ヨルムンガンド』2期
めちゃめちゃ面白かった! 1期はまったく前準備の段階で、この「ヨルムンガンド」を描くためにこの物語があったんだ……というだけで十分驚きに足るんだけど、このヨルムンガンド計画をココが秘密裏に遂行してたことが視聴者に明かされるのが主要登場人物に明かされるのと同じタイミングであることも構成として本当に上手い。要は、アニメの1期2期と、ココの私兵たちと同じように何も知らずに「ココかわい~かっこい~」ってついて行っていた私たちは、彼らと同じタイミングで、なんなら同じ熱量で、ココが隠し持っていた計画に衝撃を受けることになる。情報量のコントロールとして「視聴者側には小出しに計画を伝えておく(あるいはすべて見せておく)」ことで各々のキャラの情報の受け止め方の演出にフォーカスしたりする手法もありうるんだけど、一番いいぶつけ方ってこれだよねというぶつけられ方をして、そ、そんなことが……ってパンチを食らわせられるのが本当に快感という感じでよかった。
類を見ないスケールの出来事を描くにあたって、それを実現するロジックも明確に描いているのに、この筋道はこの物語しか(ココしか)実現し得ない、という説得力を明確にもたせられているのもびっくりするほどにすごい。国家等の枠組みの近代的価値観では成しえない選択(少なからぬ犠牲を生むこと、脱経済成長の許容等)が、私人として武力も財力もあって、ただ武器も戦争も憎んでいて、命を天秤にはかって自らの選択が正解と信じられるココっていうキャラクターだからこそできる、っていう説得力を生むためにすべての構成要素が(それまでの物語が)機能してるのは、さすがにどういう物語の作り方をしてるんだろうっていう感じ。逆向きに見たとき、「この現代世界に世界平和を一個人が実現できるとしたら?」と考えたときに要素を積み重ねていったらココという人物になった、というくらいに綺麗にココという人物がストーリーのラストに向けて造形されてるのに、それまでのすべてのストーリーが仮にこのラストがなかったとしてもしっかり魅力的なのも本当にすごい。正直ロジックのほぼ一点突破と言っていい核になってる「量子コンピュータがあればローカルな機器も全部ハッキングできて空をも掌握できます」はほんとぉ? って感じはあるものの、提示するビジョンの斬新さと「恥」の概念に頼るセンスは抜群に面白い。
ブックマンさんも出てこない1期の時点で「世界という混沌としたものをそう描く」って感想を言えてた自分を褒めたいところがあります。CIAのショコラーデさんがめっちゃ好きって友人にいったらやたらと驚かれてそんな意外? と思った。案外作中で一番倫理観のあるポジションで、地は優秀なんだけど大抵のことは舐めてて振り回されがちな後輩キャラ(ポンコツ)って感じが清涼剤としていいですよね。ソーキュート!
12月
令和ロマンのご様子
令和ロマンがstand.fmで配信してる冠ラジオ(いまはSpotifyとかPodcastでも聴ける)。たしか令和ロマンをちゃんと知ったのは去年のM-1の3回戦の動画って程度のお笑い感度の人間なんだけど、なんだかんだいって今年は令和ロマンのYouTubeをずっと見漁ったりひっかかりニーチェとかヤレロマの東海東京証券の動画も見たりしてたくらいだったので、ご様子も聴くか~と思って最初から聞き始めた。2024の年明けくらいにちょっと最初の数話聞いてたんだけどなんか止めてたんですよね。
12月の頭くらいから聴き始めて12/31まででちょうどシーズン5の最後(5-22)まで聴いた。今月(12月)は作業してる時間が長かったのでその間ずっと聴いてたのもあるんだけど、122話(約2年半分)とか聴いたことになるらしく、怖いですね…… 面白いラジオはたいてい最初から面白くて、「この時期から急に面白くなる」みたいなことはない。もちろん最初の方はラジオとしてのクオリティが荒い(ジングルやBGMもない)とかはあるものの、本質的な面白さが変わるわけではないので、続きものな分、(早く最新回に追いつきたいみたいな気持ちがなければ)最初から聴いたほうが楽しめるよな~と思う。くるまさんがシーズン1-25で、給料日に全額おろして競馬で一番人気に複勝で全額賭けるのが楽しい。勝っても1.1倍くらいにしかならないし競馬が好きな人はしない賭け方だけど、自分は全額スるかもしれないスリルが好きだからやってた、みたいな話をしていてこわ~~~となった。あとシーズン3-29の「ご夏の思い出大放出SP」がめちゃめちゃ面白くて、それ聞いてから話題にされてた動画見たらめちゃめちゃおもしろかったのでおすすめです。
12/21
髙比良くるま『漫才過剰考察』
もう明日M-1だ! と思ってKindleでポチって読んだ。くるまさんが普段考えて整理してる「漫才について」を勢いよく書いたといった感じで、端的に面白かった。構成もいい。たとえばベルクソンの『笑い』みたいにある種形而上学的、社会的な「考察」という感じではもちろんなく、形而下の、つまり自身のキャリア、経験に基づいた、地に足のついた実感をベースにした漫才についてのおしゃべりを流暢に聞かされているといった感じで、YouTubeなりラジオなりでの彼のしゃべりを聞いてる延長みたいな感覚だった。昔はインターネットが「ないない」だったのが、人が増えてむしろ「あるある」になってきてて、むしろ「ないない」が芸人の領域になってるみたいな、そうだよな〜というパンチラインもけっこう多い。やはり時代はおしゃべり分析キャラですね……
10/26
M-1グランプリ 2024
本当に面白かった!! 私は真空ジェシカと令和ロマンのファンなのですが(※)、同じく真空ジェシカと令和ロマンが好きな先輩とチャットで実況しながら見てたので視聴環境としてもめちゃめちゃ楽しかったし、上の通り12月に入ってからご様子を聴きまくってたり前日に『漫才過剰考察』読んだりしてたのも相まって、本当に楽しかった
(※こう書くとミーハーオタクすぎるけど、実際のところ否定はできない。いちおうラジオ父ちゃんはだいぶ前から全部聴いているし、ギガラジオもけっこう聴いている。)
令和ロマンが一番手って出てデカい声を出したり、去年と同じようにヤーレンズの次に真空ジェシカが来たらやだな〜と思ってたところでその順になり終わった……と思ったら磨きまくった商店街のネタ(めっちゃ好き)で高得点を叩き出したり、2本目も本当に面白く、アルティメットありがとう……となった
先月2.5次元ではないもののミュージカル演劇(『SHIRO』)を見てたばっかりだったところもあって、令和ロマン決勝2本目のくるまさんのアドリブの歌の精度にめちゃめちゃ笑ってしまったのもあったし、本当に面白かったし楽しかった
今月の振り返り
ふた月をまとめたことからもわかるように実りの少ない2ヶ月だった。今年の振り返りはもう別の記事で書いたのでこっちで書くことはあんまりない。12月はいろいろ作業してて、ちなみにこの作業は何にもならなかったのでカスなんだけど、そのぶんご様子をたくさん聞けたりしたのはよかった(多分)。来年はカスの年にしないようにしたい!